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クリニック開業と医療DX

ビジネスの高度化、消費者ニーズの多様化などを背景に、さまざまな業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が図られています。しかし、医療分野ではDXが遅れているという指摘もあります。近年の医療DXの流れはどうなっているのか、クリニック開業に際して検討すべき事項は何か、じっくり考えてみましょう。

医療DXの定義

医療分野のデジタル化は遡ること約50年前、レセプトコンピュータ(レセコン)の登場に端を発します。レセコンは1990年代以降に普及が進み、初めて電子カルテが登場したのは1999年のことです。紙カルテと同じように、電子カルテにも法的な原本性が認められたのは、医療分野のデジタル化を大きく推進する出来事でした。それが現在の医療DX推進へとつながっていきます。

ところで、厚生労働省は医療DXを以下のように定義しています。

医療DXとは、保健・医療・介護の各段階(疾病の発症予防、受診、診察・治療・薬剤処方、診断書等の作成、診療報酬の請求、医療介護の連携によるケア、地域医療連携、研究開発など)において発生する情報やデータを、全体最適された基盤(クラウドなど)を通して、保健・医療や介護関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えることです。

この定義を踏まえると、これから開業する医師にとっての医療DXとは、単なるIT化とはいえません。スタッフの業務負担を減らし、患者満足度を高め、同時に診療報酬上の評価も得ていくための経営戦略です。特にクリニック開業では、電子カルテやオンライン資格確認を土台に、予約・問診・会計までを一体で設計することが、開業後の運営効率を大きく左右します。

参照元:厚生労働省「医療DXについて」(https://www.mhlw.go.jp/stf/iryoudx.html

医療DXの主要技術

電子カルテとオンライン資格確認

医療DXの出発点といえば、やはり電子カルテです。ただし、近年のクリニック開業においては、それだけでは不十分です。現在はオンライン資格確認(マイナ保険証対応)が医療DXの基盤となっており、取得した薬剤情報や特定健診情報等を診療に活用できる体制づくりが重視されています。

さらに、電子処方箋に対応できれば、複数の医療機関・薬局をまたぐ直近の処方・調剤情報の参照や重複投薬等チェックにもつながり、より安全で質の高い診療を支えやすくなります。

オンライン診療

オンライン診療は、再診や慢性疾患のフォロー、自費診療の一部、通院負担の大きい患者への対応などと相性がよく、患者の利便性向上と診療機会の拡大に役立ちます。特に通院距離が長くなりやすい地域では、対面診療を基本としつつオンライン診療を組み合わせることで、継続受診のハードルを下げやすくなります。一方で、通信環境や本人確認、対象患者の選定、院内オペレーションの整備は欠かせません。

オンライン診療は「何でも遠隔化する仕組み」ではなく、対面と組み合わせて診療の質と効率を上げる手段として設計することが重要です。

WEB予約・WEB問診システム

開業時に導入効果が見えやすいのが、WEB予約とWEB問診です。患者がスマートフォンから予約し、そのまま問診入力まで完了できれば、受付での聞き取りや問診用紙の回収、電子カルテへの転記といった手間を大きく減らせます。

電話予約中心の運営では、診療中でもスタッフが受話対応に追われやすく、受付の生産性が下がります。WEB化によって電話本数が減れば、少人数体制でも受付が回りやすくなり、混雑時間帯の負担軽減にもつながります。

自動精算機・キャッシュレス決済

会計業務の省力化という意味では、自動精算機やセルフレジ、キャッシュレス決済も有力です。会計待ちが長いクリニックは、患者満足度を下げやすいだけでなく、受付スタッフの疲弊も招きます。自動精算機を導入すれば、現金授受のミスやレジ締めの負担を減らしやすく、会計導線も整理できます。開業時から設置を見込んでおけば、受付前のスペース設計、電源やLAN配線、患者の動線まで含めて無理のないレイアウトを実現できるでしょう。

AIによる診断補助や予測分析

医療DXにおけるAIの役割は、その正確性と迅速性を活かした診断補助や予測分析によって医療の質と効率を向上させることです。具体的には画像診断の補助や病理診断の支援、診療記録の解析などによって、医師が見落としやすい微細な異常をAIが検出します。

また、患者の診療情報を分析して治療効果や特定の疾患、合併症のリスクなどを予測することも可能です。

IoT(モノのインターネット)

医療DXにおけるIoTといえば、患者の健康状態をリアルタイムでモニタリングするウェアラブルデバイスでしょうか。それは身体に装着する小型の電子機器を指し、血圧や心拍数、酸素飽和度、歩数、睡眠パターンなどの生体データを収集し、医療者に共有されるシステムを持ちます。特に慢性疾患において、治療計画の調整や予防的な対応を可能とします。

医療DXの導入事例

医療DXは世界中で多くの導入事例がありますが、ここでは国内の事例を紹介します。

NTT東日本と東北大学、仙台市によるオンライン診療サービス

2023年2月より、NTT東日本と東北大学、仙台市の連携によってオンライン診療の実証が行なわれています。具体的には、看護師が医療機器を搭載した診療カーで患者宅を訪問、診療補助を行なうスタイルで、オンライン診療の質的な技術検証、有効性の評価が実施されました。

医師不足や高齢化が問題視されている中、この取り組みによって限られた医療資源の有効活用を推進し、ITリテラシーの高くない高齢の在宅医療患者であっても安心してオンライン診療を受けられるようになることが期待されます。

参照元:日本経済新聞「NTT東日本や仙台市など、オンライン診療サービス開始」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC298860Z21C23A1000000/

東芝デジタルソリューションズによるAI画像解析

ディープラーニングの先進的な技術と50年以上にわたるAI研究開発の知見を有する東芝デジタルソリューションズは、千葉大学との共同研究で、病理医をアシストするAI画像解析に取り組んできました。

がんの治療では、何より精度の高い病理診断が求められます。しかし、わが国では病理専門医の不足が深刻であり、人口あたりの病理専門医の数は米国の1/3以下という現状です。AI画像解析の有効性が高ければ、病理専門医の負担が大幅に軽減されるだけではなく、治療の水準が高まることで患者のQOL(生活の質)の向上にもつながっていくでしょう。

参照元:東芝デジタルソリューションズ株式会社「病理医をアシストするAI画像解析」(https://www.global.toshiba/jp/company/digitalsolution/articles/sat/1811_2.html

医療DXのメリット

医療DXを推進することで、どんな課題が解決できるのか、どんなことを実現できるのか、医療機関のメリットを考えてみましょう。

医療の質の向上

医療分野におけるさまざまな施策は、最終的には患者に還元されるべきものですが、医療DXは医療の質の向上に寄与する大きな可能性を持っています。

まず医療DXの主たる目的のひとつである情報共有について、それが円滑化・迅速化されることで、患者はより適切な医療を受けられます。また、医療機関が保有する診療記録や検査結果、処方内容といった大量の医療情報をビッグデータとして分析、活用することで、病気の早期発見や新薬の開発、予防医療の推進、個別化医療の実現にもつながっていくでしょう。

診療報酬の加算による収益向上

開業医にとって見逃せないのが、医療DXが診療報酬に直結する点です。医療DX推進体制整備加算は、2024年度診療報酬改定で新設され、初診時に算定できる評価として位置づけられました。オンライン資格確認を行なう体制、取得した診療情報を診察室等で活用できる体制、電子処方箋への対応、院内やウェブサイトでの掲示などが要件となっており、さらにマイナ保険証利用率等に応じて評価区分が見直されています。

つまり、医療DXは便利さのためだけではなく、収益面でも無視できないテーマになっているということです。点数区分や要件は見直しが続いているため、届出前には必ず最新の告示・通知を確認する必要があります。

事務スタッフの業務負担軽減と採用難対策

近年は医療事務の採用が以前より難しく、開業時から十分な人数を確保できる前提で体制を組むのはリスクがあります。そこで重要になるのが、DXによる省人化です。WEB予約で電話を減らし、WEB問診で転記を減らし、自動精算機やキャッシュレス決済で会計業務を軽くする、この積み重ねによって受付1人あたりが処理できる業務量は大きく変わります。

医療DXは人を減らすためだけの仕組みではなく、人を採れない時代に、少人数でも回せる体制をつくる手段として捉えるべきです。

待ち時間削減による患者満足度の向上と集患効果

患者にとって不満になりやすいのは、「診療の質」そのものだけではなく、電話がつながらない、受付に時間がかかる、会計が遅い、といった経験も大きなマイナス要素です。予約、問診、会計の各場面をDXで整えると、待ち時間が短くなり、院内の混雑感も減らせます。結果として患者満足度が高まり、口コミや再来院にもつながりやすくなります。

新規開業のクリニックにとって、こうした受診体験の良さは、広告以上に効く差別化要素になり得ます。

医療DXの課題と解決策

前述のとおり、医療DXには多くのメリットがありますが、その実現に際してはさまざまな課題も存在します。その主な課題と解決策を考えてみましょう。

導入コストが高い

医療DXの課題として、まず挙がるのは費用面です。電子カルテや予約・問診・会計システムを個別に導入すると、初期投資の負担はどんどん大きくなります。ただし、補助制度を活用できる可能性はあります。たとえば、「デジタル化・AI導入補助金2026」は医療も対象に含まれています。

導入の検討に際しては、初期費用だけを見るのではなく、長期的な人件費抑制や業務負担の平準化、加算取得の可能性まで含めて費用対効果を考えることが重要です。

データセキュリティ

万全のサイバーセキュリティ対策が医療DXの大前提といってもいいでしょう。特に患者の医療データは非常にセンシティブな情報であり、その取り扱いには高度なセキュリティが求められます。

それにはさまざまな対策が考えられますが、まずは最新のセキュリティプロトコルを導入し、データの保護を強化しましょう。定期的なセキュリティ監査を実施して、脆弱性を早期に発見、対応することも重要です。また、スタッフに対する教育にも力を入れ、セキュリティの意識を高めていく必要があります。

技術的課題

医療DXには高速かつ安定したインターネット環境が欠かせません。しかし、特に遠隔地や離島ではインフラの整備が追いついていないことも多く、医療DXの推進を妨げています。

そのようなエリアでは、公的資金や補助金等を活用してインフラを整備していかなければなりません。もちろん、政府や自治体との連携も模索していくべきです。

人的課題

医療DXを進めようとしても、医療従事者がIT機器の取り扱いに慣れておらず、人材の育成に時間がかかる場合があります。

新しい技術やシステムの導入には、スタッフの教育とトレーニングが欠かせません。医療従事者向けのITに関する教育プログラムを充実させるほか、現場での実践的なトレーニングによってITスキルを習得と応用力の向上に努めましょう。

クリニック開業を成功させる医療DXとは

開業を成功させる医療DXとは、開業後に機器を足していくことではなく、準備段階から運営導線まで含めて設計することです。自動精算機の置き場所、受付から会計までの患者動線、WEB予約を前提にした回線数、電子カルテや周辺機器のネットワーク配線までを内装設計や資金計画の段階から織り込んでおくと、開業後の修正コストを抑えやすくなります。

これからのクリニック開業では、医療DXは「あれば便利」ではなく、少人数でも安定運営を実現させ、患者に選ばれるための前提条件といえるでしょう。

医療DXでクリニック開業を成功させる

デジタル技術の活用は、クリニックの効率的な運営だけではなく、患者中心の高品質な医療サービスの提供にもつながります。つまり、効果的な医療DXの推進は、クリニック開業の成功に直結するということです。

医療DXの恩恵を最大限に受けられるようなクリニックを目指し、開業準備を進めていきましょう。