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開業医として知っておきたい「人生のお金」のこと

医師として開業を目指すのであれば、避けては通れないのがお金の話。開業資金はもちろんのこと、税金対策や自宅の購入、引退後の生活費など、これからの人生を考える上でお金の問題は必ずついて回ります。

ここでは開業を目指すドクターに知っておいてもらいたい、「人生のお金」についてお伝えします。

クリニックを運用していくための「お金」は確保しておく

クリニックを開業するドクターの多くは、これまで貯めてきた自己資金や金融機関からの借入金で開業資金を工面して開業にこぎつけます。同時に考えておかなければならないのは、クリニックを運営していくための運転資金です。

運転資金は余裕をもって

クリニックを運営していくためには、テナント賃料や人件費、医療機器等のリース料、水道光熱費といった固定費用、医薬品費や診療材料費、消耗品費などの流動費用に加え、開業資金の返済分も支払い続けていかなければなりません。

「診療の収益で支払っていけるはず」と算段しているドクターもいらっしゃるかもしれません。しかし、クリニックの経営を軌道に乗せるには開業後1~2年かかるのが一般的です。もし仮に開業直後から多くの患者さんが来てくれたとしても、診療報酬の入金が開始されるのは2カ月後なので、少なくとも2カ月間はほとんど無収入でも運営できるだけのお金が必要ということになります。

クリニックの運転資金だけではなく、自身や家族の生活費等も含めて、資金的な余裕をもって開業を迎えることが非常に大切です。

開業後1年間の資金繰りを見据えておく

借入金を運転資金に充当する場合もありますが、可能であれば開業時に自己資金を運転資金として残しておいたほうが無難でしょう。クリニックの経営が軌道に乗るまで時間がかかることを考えると、金利のかからない自己資金を残しておいたほうが安心できるからです。

運転資金に余裕がないと、常に資金繰りのことを考えなければならなくなります。お金のことで頭がいっぱいになって診療に支障をきたすような事態は避けなければなりません。少なくとも開業後1年間の資金繰りを事前に見据えておき、運転資金を十分に確保してから開業を迎えたいところです。

開業医のための節税方法

開業医は個人事業主にあたりますので、所得税や住民税、事業税、固定資産税などさまざまな税金を納める必要があります。特に所得税は「累進課税制度」で収入と税額が比例するため、売上が伸びたからといって安易に支出を増やすと、後になって所得税の支払いが困難になるかもしれません。

また、開業時の繰延資産の償却が終わる5年目以降のタイミングで、税金が大幅に増加する可能性があります。税金の支払いに悩まないように、開業前から節税に関する知識を身につけておくことが大切です。

節税の基本は経費の計上

ざっくりと説明すると、税金は所得金額に税率をかけた額になります。所得金額は収入から経費を引いた額なので、税金を抑えるには単純に収入を減らすか経費を増やすしかありません。とはいえ開業医にとって収入を減らすというのは現実的ではありませんので、経費を増やすことが節税の基本といえます。

まずは代表的な経費の項目を見ていきましょう。

設備関連費

クリニックの業務に関連して使用する機器や設備は、基本的に経費として計上が可能です。医療機器やパソコン、車両、クリニックの什器備品やリフォームなどが該当し、一定の金額以上で数年にわたって使用するのであれば減価償却費として計上できます。

ただ、単なる節税目的だけで不要な設備投資を行なうのはおすすめできません。導入しても使わなければ結局は損になるので、適切な設備投資計画を立てておくことが大切です。

福利厚生費

スタッフを慰労するための社員旅行や、スポーツジムの利用料助成など、さまざまな福利厚生に関する費用も経費として計上できます。スタッフの満足度を高めることでモチベーションの向上、定着率アップといった効果も期待できるので、積極的に検討したいところです。

交際費

取引先との接待費や慶弔見舞金、お中元やお歳暮など、クリニックの事業に関連する接待や贈答のための費用は経費として計上できます。ただし、事業と関係のないプライベートな食事やお祝い金などは対象にならないので注意が必要です。

会議費

クリニックの外で会議や打合せを行なう場合、カフェやレンタルスペースの利用料も経費として計上できます。それに伴う飲み物や弁当の費用も対象になります。

経費か否かは「関連性」「妥当性」「客観性」で判断する

特に交際費や福利厚生費に関して、どこまで経費として認められるか判断が難しいというドクターも多いようです。

たとえば、製薬会社のMRやクリニックのコンサルタントと食事会を開いたとします。この場合は業務上のお付き合いですから、経費と判断して差し支えないでしょう。では同期の開業医仲間と居酒屋に行ったとしたら、どう考えるでしょうか。さすがに経費で処理するのは難しいと判断するかもしれませんが、クリニックの経営相談や情報交換が目的であれば経費として認められる場合もあります。

経費か否かを判断するポイントは「関連性」「妥当性」「客観性」にあります。

  • 関連性:クリニックの業務に関連する支出であること
  • 妥当性:一般常識で考えて妥当な金額であること
  • 客観性:金額を客観的に証明できること

これらをきちんと説明できるのであれば、経費として計上して問題ありません。

このような理由で、ドクターやスタッフが参加する学会や研修会の交通費や宿泊費なども経費として計上できます。仕事のためのパソコンやデスクなども、前述の3つのポイントに照らし合わせて問題なければ、自宅で使用する場合でも経費として認められます。

個人開業医が使える節税テクニック

当然ながら経費は使った分しか計上できないので、節税の方法としては限界があります。経費の計上と併せて以下のような節税テクニックを使い、高い節税効果を目指しましょう。

公的制度の活用

簡単かつ低リスクの節税テクニックとして、もっともおすすめできるのは以下のような公的制度です。

  • 確定拠出年金:掛け金を加入者自身が運用し、その結果で給付額が決まる年金制度
  • 小規模企業共済:小規模企業の経営者が退職時・廃業時のために積み立てる共済制度
  • 倒産防止共済:取引先が倒産した際に経営難・連鎖倒産に陥るのを防ぐ共済制度

これらは誰でもすぐに活用できるので、早めに取り組んだほうがいいでしょう。ただし、掛け金がクリニックの資金繰りを圧迫することのないよう、無理のない範囲で掛け金を設定することが大切です。

所得分散の見直し

クリニックの運営を家族が手伝っている場合、所得分散を見直すことも節税テクニックのひとつです。

前述のとおり、日本の所得税は個人の所得(課税額)と税率が比例する累進課税制度が採用されています。これを逆手に取ると、配偶者へ給与を支給する所得分散が節税対策となります。

開業医を含む個人事業主の場合は、配偶者に給与を割り当てると事務処理が煩雑になるため、すべて自身の所得として処理しているケースが多くみられます。しかし、それでは税金が多額になる可能性があります。

たとえば、ある開業医の所得が1,000万円だとしましょう。

(わかりやすいように、ここでは経費を計算に入れません)

  • 10,000,000×0.33(税率)-1,536,000(控除額)=1,764,000円(所得税額)

所得税額は上記のように算出されます。

もし所得の3割を配偶者に給与として支給するとした場合、自身の所得は700万円、配偶者の所得は300万円となり、所得税は以下のように算出されます。

  • 自身:7,000,000×0.23(税率)-636,000(控除額)=974,000円(所得税額)
  • 配偶者:3,000,000×0.1(税率)-97,500(控除額)=202,500円(所得税額)

所得税額を合計するとわかるように、60万円近くの節税効果があります。もしお子さんがクリニックの運営に関与できる年齢なら、お子さんにも給与を支給することでさらに高い節税効果が期待できるでしょう。ご家族がクリニックの運営に関わっているのであれば、給与が適正かどうか節税の観点からも見直すことをおすすめします。

医療法人化

税金を大幅に減らす方法として考えられるのは、クリニックの医療法人化で税率そのものを一気に下げることです。

個人経営のクリニックは累進課税制度が適用されるため、1年間の利益が1,800万円を超えた部分には税率40%、4,000万円を超えた部分には税率45%と非常に高額な税金が課せられます。

しかし、医療法人であれば所得税ではなく法人税の対象となり、利益が800万円以下の部分には税率15%、800万円を超えた部分には税率23.4%が課せられます。

つまり、1,800万円以上の利益があるクリニックは医療法人化することで大幅に税率を下げることができるのです。

ただし、個人事業主として税金を納めるよりも医療法人のほうが会計処理は格段に煩雑化するため、両方のメリット・デメリットを踏まえて検討する必要があります。節税のみを目的として医療法人化するのは健全な経営姿勢とはいえませんので、自身に合った適切な節税対策を探ることが大切です。

開業医が老後資金に困らないために備えておくこと

これから開業しようというドクターは、きっと医師として働き盛りの年代が多いと思います。まだ老後のことは考えにくいかもしれませんが、それは誰にでも訪れる未来です。現役を引退したときのビジョンを思い描いておけば、老後資金への備えもイメージしやすくなるでしょう。

年金について

開業医は個人事業主ですから、勤務医時代のように厚生年金に加入することはできません。国民年金だけで引退後は十分な金額を受け取れるのか、現役時代と同じように生活できるのか、不安を感じているドクターも多いと思われます。

一般的に医師は給与水準が高いので、老後の生活水準も高くなりがちです。国民年金だけに頼らず、早めに老後資金の対策を練っておきましょう。十分な老後資金を蓄えておく自信がないなら、複数の年金を組み合わせる方法もあります。年金には厚生年金や国民年金といった公的年金のほか、任意で加入できる私的年金があります。以下に代表的な私的年金を紹介しますので、ご自身に合った年金を探してみてはいかがでしょうか。

国民年金基金

国民年金基金は国が運営する年金基金で、加入すると将来受け取る国民年金に上乗せ分が加算される制度です。

勤務医から開業医として独立すると、自動的に厚生年金から脱退することになります。そのままでは老後の年金支給額が減ってしまいますが、国民年金基金に加入することである程度は減った分を補うことができます。平たくいえば個人事業主に向けた厚生年金といった考え方で差し支えないでしょう。

ちなみに国民年金基金の掛け金は所得から控除されるので、節税面での効果もあります。

医師年金

医師年金は日本医師会が運営する医師のための私的年金で、日本医師会の会員が利用できる制度です。一般的な私的年金よりも加入できる年齢の幅が広いのが特徴で、満64歳6カ月までの日本医師会会員であれば誰でも加入が可能です。長く現役を続けるドクターの事情にも合わせて、満75歳まで受給開始年齢を延長することもできます。

医師年金の掛け金は「基本年金保険料」と「加算年金保険料」に分かれており、前者は一律12,000円ですが、後者は加入者が任意で掛け金を設定できます。加算年金保険料は上限がないため、老後に医師年金を多く受け取りたい場合は加算年金保険料を多く設定するといいでしょう。

退職金代わりの小規模企業共済

勤務医が退職する場合はサラリーマンのように退職金を受け取れるケースが多いようですが、開業医は個人事業主ですから現役を退いても退職金がありません。それは老後のライフプランに大きく影響しますし、場合によっては引退できずに働き続ける羽目にもなりかねません。

中小企業基盤整備機構が運営している小規模企業共済は、積み立て方式の退職金制度です。掛け金は全額が所得から控除されるので、節税対策をしながら退職金を確保したいという開業医におすすめです。

自宅購入前に知っておきたいこと

独立開業を検討する際に、住宅の購入とクリニック開業のどちらを先にするか悩むケースもあるようです。住宅ローンの審査にも影響するので慎重に考える必要がありますが、どちらにしてもメリット・デメリットがあります。

開業前に家を買うなら

開業前に家を買うメリットは住宅ローンの審査が通りやすいこと、デメリットは開業資金調達の審査が厳しくなることです。以下で詳しくみていきましょう。

メリット

家を買う場合は住宅ローンを組むことが多いと思われますが、返済能力を審査されるため、他に高額のローンがある場合は審査が厳しくなることがあります。具体的には年収や勤続年数、勤務先の経営状況、本人の健康状態、過去の返済事故の有無、完済時の年齢などで判断されますが、それらに問題がなければ開業資金のローンを抱えていたとしても審査は通るでしょう。ただ、審査の通りやすさを考えると、開業前のほうがスムーズだと思われます。

デメリット

開業資金のローンは金融機関で厳しく審査されますが、その際は高額な住宅ローンがマイナスに働くことがあります。

現在の勤務医としての年収をベースにローンを組んだとしても、クリニックの経営が軌道に乗るまでは勤務医時代の年収を下回ることが多く、それに住宅ローンが加わると返済が苦しくなると見なされるかもしれません。

開業後に家を買うなら

今度は、家を買うよりクリニックを先に開業するメリット・デメリットを見ていきましょう。

メリット

クリニックの開業が成功すれば年収もアップするため、住宅ローンも組みやすくなります。開業資金の返済に加え、これから組む住宅ローンの支払いを上回る収益が見込めるのであれば、気持ち的にも余裕をもって家を購入できるでしょう。

デメリット

もしもクリニックの開業が上手くいかなかった場合を考えると、開業を先にすることはそのままデメリットになります。

開業は必ず成功するとは限りません。経営が安定しなければ家の購入はもちろん、生活が厳しくなる可能性すらあるでしょう。