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医師としての人生を選んだ人なら、ある程度の長時間労働も覚悟の上だったと思います。しかし、実際に働き始めてみると想像以上の仕事量で、心身ともに疲労して「しんどくなってきた…」と感じている医師も多いでしょう。
ここでは医師の長時間労働とその解決策についてまとめています。
昨今の新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、医療従事者の過重労働が再び社会的に注目されるようになってきました。労働基準法では労働時間は1日8時間、週40時間以内と定められ、時間外労働は労使協定を結んだ上で月45時間が上限とされています。この規制は医療機関にも該当しますが、医師だけは医師法の「応召義務」を理由に対象外となっています。実際のところはどうなのでしょうか。
2019年に実施された厚生労働省の調査によると、病院の常勤勤務医の場合は男性医師の41%、女性医師の28%において1週間の労働時間が60時間以上となっています。全診療科における1週間の平均労働時間も56時間22分となっており、この時点で一般労働者の法定労働時間を大きく上回ります。特に外科や脳神経外科、救急科など救急搬送の患者さんが多い診療科では、医師の約半数が週に60時間を超える労働に従事しています。
※参照元:(pdf)厚生労働省公式HP(医師の勤務実態について)
医師が長時間労働にやりやすい原因のひとつは、単純に医師の数が足りていないこと、つまり人手不足です。日本は他の先進国と比較して人口あたりの医師数が少ないにもかかわらず、医療機関のベッド数や患者さん1人あたりの受診回数は多くなっています。こうした全体の数字だけをみても医師不足は明らかで、加えて医師数は地域や診療科でも偏りがみられます。医師が少ない地域、診療科では、どうしても医師が長時間労働になってしまう構造的な問題があるのです。
医師の仕事は医療行為だけではありません。患者さんの診察や治療のほか、診断書の作成などの事務作業、研修医の指導、臨床研究など多岐にわたる大量の業務を同時に抱えているのが普通です。さらに学会や研修などの予定も入ってくると、とても労働時間内で業務を終わらせることはできません。
医師の過重労働が問題視されるようになってからは、事務作業を他職種が担当するなどタスクシフトが進みつつあります。しかし、それも医療機関によって対応に差があり、まだ医師自身が行なわなければならない業務は多いのが実情です。
当直も医師が長時間労働に陥る原因のひとつです。当直中に医師が行なう仕事は医療機関によって異なりますが、救急外来を担当したり入院患者さんの急変に対応したりすると、状況によっては仮眠すら取れないケースもあります。
そして多くの医療機関の場合、当直に入る前や当直明けは休日になりません。夜勤明けは次の勤務まで休みという他の業種での常識は、医師の場合は通用しないのが現実です。特に医師の数が少ない医療機関では当直の回数も多くなり、必然的に長時間労働にならざるを得ないのです。
医師という資格には常に知識やスキルの向上、つまり自己研鑽が制度上の責務として求められます。高度な専門性が問われ、その技術や判断が患者さんの生命に直接影響する以上は当然といえるかもしれません。
現実的には新しい治療に関する知識やスキルの習得は個人の努力に委ねられますが、職業意識の高い医師は高水準の医療を提供するため自己研鑽に勤しむものです。こうした職業上の特性も医師の長時間労働につながる原因のひとつといえます。
「働き方改革関連法」に伴う労働時間の上限規制は医療機関でも2020年4月から適用されていますが、前述のとおり医師だけは対象外でした。しかし、改正医療法によって2024年4月からは医療機関の勤務医にも時間外労働時間の上限規制が設けられます。これがいわゆる医師の「2024年問題」です。
医師の労働時間や勤務環境を改善しなければ、過労によって医師の健康状態が悪化し、医療の質を確保することが困難になるでしょう。わが国の医療を守るためには、医師も「働き方改革」の考え方に沿って過重労働を解消していかなければなりません。
医師の長時間労働は疲労による注意力の低下、集中力の低下につながるため、医療ミスの発生リスクが大幅に高まります。全国医師ユニオンが勤務医を対象に実施したアンケート調査によると、医療過誤の第一の原因にスタッフの連携不足、次いで疲労による注意力不足が挙げられています。
特に当直明けの通常勤務で集中力・判断力の低下を自覚している医師は、全体の約8割にも上ります。前述のとおり、多くの医療機関において医師は当直明けでもそのまま通常勤務に入っているため、何らかのミスが起こる可能性は高いといえるでしょう。
参照元:(pdf)全国医師ユニオン公式HP(勤務医労働実態調査2017)
普通に考えて、過労死ラインを超えるような長時間労働が健康に悪影響を及ぼさないわけがありません。労働時間の長さはそのまま休息時間の短さにつながり、心身とも疲れ切ってしまっても、それを回復する時間が取れないという負のスパイラルに陥ることになります。
全国医師ユニオンのアンケート調査でも、約4割の医師が健康に不安を感じていると回答しています。
参照元:(pdf)全国医師ユニオン公式HP(勤務医労働実態調査2017)
上記のような過酷な勤務環境の中で改善が見込めない場合、どんな手段が考えられるでしょうか。
どうしても長時間労働に耐えられない、そんなときの解決策をいくつか紹介しましょう。
第一に考えられるのは、身近なところに相談してみることです。勤務時間や当直回数などの管理調整や、自身で考えた業務の効率化などについて上司に提案してみてはいかがでしょうか。
もちろん、それですべて解決するほど簡単な問題ではありません。それでも上司が問題意識を持つことで解決の糸口が見えてくる可能性もあります。もし相談できるような関係性が保たれているなら、近いところから改善を目指すのは有効な方法だと思われます。
長時間労働で心身の疲労が限界に近づいたら、まずは十分な休息をとることが最優先です。しかし、常勤の勤務医の場合はそれもできない事情があるでしょう。
それならば、非常勤医師という働き方を選択するのも一手です。つまり、強制的に労働時間・労働日数を少なくするのです。近年では非常勤医師でも待遇面が充実している医療機関が多く、スムーズな転身も可能になっています。
現実問題として、勤務医個人だけの努力で勤務環境が改善できるかというと実際はなかなか難しいかもしれません。そこで、思いきって転職するという選択肢も検討してはどうでしょうか。
特に急性期の医療機関から慢性期の医療機関、診療所やクリニックなどに転職すると、心身の負担が劇的に軽くなることも期待できます。ご自身の適性に合った職場が見つかれば、長時間労働の悩みから一気に解放されるかもしれません。
勤務環境を改善しようと思っても、勤務医という立場である以上は人間関係や経営方針なども影響し、できることには限界があります。そこで浮上してくるのが開業という選択肢です。開業医なら、勤務時間も業務内容も自分の裁量で決められます。勤務医とは比較にならないほど労働環境は改善されるでしょう。
ただし、開業には相応の資金も必要ですし、それ以上に実現性の高い事業計画が欠かせません。そこを十二分に検討した上で実行することが何より重要です。
今後は「働き方改革」によって医師の勤務環境も改善が期待できる一方、まだまだ現場には多くの課題が山積しており、不安を抱えている勤務医も多いと思われます。
目下の状況の改善を願うのであれば、「働き方改革」だけに期待するのではなく、ご自身でより働きやすい環境を生み出していくことが大切だといえます。