公開日: |更新日:

クリニックの各種規程はどう整備する?

クリニックの開業準備を進めている医師にとって、規程の整備はつい後回しにしてしまいがちな項目かもしれません。しかし、スタッフが安心して働ける職場づくりや、トラブル発生時の冷静な対応を実現するためには、開業時から一定のルールを整えておくことが非常に重要です。

たとえば、勤務時間や給与の支払い方法、休暇の取り扱いなどをあらかじめ文書で明示しておけば、日常のちょっとした疑問や誤解も防ぎやすくなります。万が一のトラブルが発生した際にも、院内でのルールがはっきりしていれば、経営者としての責任範囲を明確にした上で冷静に対応できます。

ここでは、クリニックの開業準備中から開業後のタイミングで整備しておくべき規程の種類や整備の手順を、小規模な医療機関の視点でわかりやすく解説していきます。

規程整備の全体像と優先順位

クリニックで整備すべき規程には、開業前に必ず用意しておかなければならないものと、開業後に整備しても間に合うものとがあります。まず、大まかな規程の種類と優先順位をお伝えします。

開業前に作成・提出するもの

  • 就業規則
  • 賃金規程
  • 服務規律

これらは、クリニックで働くスタッフの労働条件を明確に定めるための基本的な文書です。開業準備の段階で、社会保険労務士などの専門家と相談しながら整備しておくのが望ましいといえます。

開業後の作成でも大丈夫な規程

  • 休職規程
  • ハラスメント規程
  • 感染症対策規程
  • BCP(事業継続計画)

これらは、診療体制が安定してから必要に応じて順次整備していきます。特に感染症対策やBCPは近年重要性が高まっているため、早めの検討をおすすめします。

よく使われる規程とその役割

各種規程はスタッフの働き方を支えるだけではなく、経営判断の基準にもなります。以下に、特によく使われる代表的な規程とその役割を示します。

就業規則

職員の労働時間や休日、遅刻や欠勤の取り扱い、入退職の手続きなど、労務全般に関わる基本的なルールを定めた規程です。

小規模なクリニックでは「口約束」になりやすい部分もありますが、明文化することで誤解を防ぎ、経営者と従業員の双方にとって安心できる環境をつくれます。なお、常時10人以上の従業員を雇用する場合は、労働基準監督署への届出が義務付けられています。

賃金規程

給与の計算方法や支給日、時間外手当、各種手当(通勤手当、職務手当など)に関する取り決めをまとめたものです。

賃金に関するルールが不明確だと不公平感やトラブルの元になりやすいため、初期段階で整備しておけば安心です。

退職金規程

退職時に支給される退職金の金額や算定基準、不支給条件などを定めた規程です。

退職金制度を導入する場合は、あらかじめ明文化しておけば制度としての一貫性と信頼性を担保できます。

育児介護休業規程

育児休業、介護休業、子の看護休暇など、スタッフのライフイベントに対応する制度を定めたものです。

法律に基づいた制度運用を行う上でも必要な規程であり、女性スタッフや子育て世代が多いクリニックでは特に重要になります。

ハラスメント規程

パワハラやセクハラなどのハラスメントを未然に防ぐためのルールや、相談対応の流れなどをまとめたものです。

小規模な組織では整備されない場合もありますが、相談体制や問題への対処方針をあらかじめ定めておくと公平性が保たれやすくなります。

感染症対策規程

インフルエンザや新型コロナウイルスなどの感染症が蔓延した際の勤務対応や報告体制、診療制限の基準を明文化したものです。

医療機関としての社会的責任も問われる内容のため、事前に一定の対応方針を定めておけば職員間の混乱も防げます。

個人情報保護規程

この規程には、患者の診療情報(カルテ、問診票、検査データなど)やスタッフの人事情報などの取り扱いルールを明記します。

マイナンバー制度の導入以降、個人情報管理に関する社会的関心も高まっており、医療機関には欠かせない規程のひとつとなっています。

副業・兼業規程

スタッフが他の医療機関や企業等で副業・兼業を行う際のルールを定めたものです。

勤務時間の調整や情報漏洩の防止、労務管理上の整合性の確保のため、あらかじめ明文化しておくと安心です。

BCP規程(事業継続計画)

地震や台風、大雪などの災害時に診療体制をどう維持するか、また、職員の安否確認や出勤基準などについても定める規程です。

地域の医療機関としての責任を果たすためにも、災害発生時の対応マニュアルとして整備するクリニックが増えています。

テンプレート活用の注意点

規程を作成する際には、インターネット上で公開されているテンプレート(ひな形)を活用するという方法もあります。医師会や厚生労働省、民間の開業支援サイトなどが提供しているものも多く、初めて作成する場合には大きな助けになるでしょう。

しかし、テンプレートをそのまま使用するのはリスクがあるのも事実です。

なぜカスタマイズが必要なのか?

テンプレートはあくまで「一般的な医療機関」に当てはめたモデルであり、個々のクリニックの診療科目や規模、スタッフの構成や勤務形態などに必ずしもマッチしているとは限りません。実態に合わせたルールの調整が必要です。

また、公開されているテンプレートが古くなっていて、最新の法改正に対応していないケースも見られます。そのまま使用するのは避けるべきでしょう。

専門家によるチェックで安心

テンプレートに基づいて作成した規程でも、社会保険労務士や弁護士、クリニック開業コンサルタントなど、労務や法務の専門家に確認してもらうことをおすすめします。

専門家と連携することで、

  • 法令違反のリスクを回避できる
  • 実務に即した現実的なルールを設計できる
  • スタッフとの労務トラブルを防止できる

といった多くのメリットがあります。

特に、開業支援の経験が豊富なコンサルタントであれば、正確なテンプレートの提供からカスタマイズ、実際の運用に関するアドバイスまでトータルでフォローしてくれるでしょう。

規程作成の実務フロー

規程を整備するには、「とにかく書いてみる」ではなく、段階を踏んで進めることが大切です。以下の手順を把握しておけば、初めてでもスムーズに進められるでしょう。

必要な規程のリストアップ

まず、クリニックにとって必要な規程を洗い出すことからスタートします。

就業規則や賃金規程といった法令で整備が義務付けられているものから、ハラスメント対応や感染症対策、BCPなど任意で導入すべきものまでリスト化し、優先順位を整理しましょう。

クリニックの診療体制・勤務形態の整理

次に、クリニックの診療時間やスタッフの構成など、運営の実態を具体的に把握します。

これらの情報は規程を自院向けにカスタマイズする際の前提になるため、できるだけ詳細に整理しておけば後の作業がスムーズに進みます。

テンプレートの収集と一次作成

信頼できる情報源から各種規程のテンプレートを収集し、クリニックの方針に沿って一次的なドラフトを作成します。

この段階では「とりあえず全体を形にする」ことが目的です。完璧を求め過ぎず、後で修正する前提で進めましょう。

自院用にカスタマイズ

一次作成した規程を、クリニックの体制や方針に合わせて具体的な条件や表現に調整します。

たとえば、スタッフの出退勤時間や残業の考え方、感染症発生時の対応など、細部の条件を現場の体制に即して設定していきます。

専門家(社会保険労務士・弁護士など)によるレビュー

各種規程は自分だけで仕上げず、社会保険労務士や弁護士などの専門家によるチェックを受けましょう。

法令違反や不適切な表現を防ぐだけではなく、実際に運用で困るような内容になっていないかも確認してもらうべきです。

職員への周知・説明

完成した規程は、すべてのスタッフに対して丁寧に説明し、その内容を理解してもらわなければなりません。

特に就業規則や賃金規程などは、代表者の同意と署名を通じて「説明した」「理解した」ことを書面で残すようにしましょう。

定期的な見直し

各種規程は、制度や勤務体制の変更、法改正などに合わせて、年1回程度の見直しサイクルを設定しておくと安心です。

継続的に更新することで現実とのズレが補正され、実効性のあるルールとして機能します。

トラブルを防ぐための備えとして

クリニックの運営では、スタッフとの信頼関係やチームワークが非常に重要です。しかし、時に「言った」「言わない」の問題や曖昧なルールが原因の行き違いが、やがて大きなトラブルに発展するケースもあります。そのような際に、客観的で一貫性のある判断基準として機能するのが各種規程です。

あらかじめルールを文書化してスタッフ全員に共有しておくことで、問題が発生した際にも感情に流されず、公平に対応できます。経営者にとっても、何をどこまで責任として負うべきかが明確になるため、判断に迷いが生じにくくなるでしょう。

専門家との連携で抜け漏れ防止

前述のとおり、規程の整備においては社会保険労務士やクリニック開業コンサルタントなどの専門家との連携が大きな力になります。

  • 必要な規程を網羅的に洗い出す
  • 法令順守の視点で内容をチェックする
  • 実際の運用で支障が出ないように調整する

こうしたプロセスを専門家と一緒に行うことで、抜け漏れのない、実践的な規程を整備できます。

さらに、規程は「作成して終わり」ではありません。日々の運用の中で、スタッフにとって実感を持てるような周知、説明の仕方や、見直しのタイミングの設計も重要です。この点についても、開業支援の経験が豊富なコンサルタントであれば運用面までしっかりフォローしてくれるでしょう。

まとめ:ルールの整備は経営の土台

クリニックの経営は、診療技術や集患対策だけでは成り立ちません。スタッフの働きやすさや職場としての信頼感も、安定経営の重要な要素です。そのためには、「何をどう判断するか」「どんな時にどう動くか」といったルール=規程の整備が経営の土台として欠かせません。

特に開業直後は日々の診療に追われ、曖昧な対応やトラブルが積み重なりがちです。そんなときに、あらかじめ整備された規程があれば、冷静かつ公平に判断を下せます。

規程の整備を開業医が一人でこなす必要はありません。社会保険労務士やクリニック開業コンサルタントといった専門家のサポートを受けることで、負担を減らしつつ的確に整備を進められます。しっかりした規程は、経営者とスタッフの双方にとって、長く安心して働ける環境を支える柱になるはずです。