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クリニック経営と社会保険料について

クリニックの開業にあたって、従業員が加入する社会保険をどうすべきか迷うこともあるでしょう。「協会けんぽ」と「医師・歯科医師国保」は、保険料負担や給付内容にそれぞれ特徴があり、どちらを選択するかで従業員の満足度やクリニックの経営コストが変わってきます。

ここでは、この2つの制度の違いを詳しく解説し、適切に選択するためのポイントを整理します。

協会けんぽとは?

「協会けんぽ」は全国健康保険協会が運営する医療保険制度で、主に中小企業や個人事業主が従業員のために加入します。原則として法人または従業員が5名以上いる場合に加入が義務付けられていますので、その要件に該当する場合は選択の余地なく協会けんぽに加入しなければなりません。

この制度の最大の特徴は、全国で統一された給付内容であることです。保険料率は都道府県ごとに異なりますが、大きな差はなく、全体として標準化されています。出産手当金や傷病手当金といった給付も充実しており、従業員にとって安心できる仕組みです。たとえば、従業員が病気や怪我で一定期間働けなくなった場合には、最長で1年6カ月間にわたって給与の3分の2が傷病手当金として支給されます。

また、産前産後休業や育児休業中には保険料が免除されるため、従業員のライフイベントにも柔軟に対応できるのもメリットです。このように標準的で安定した制度設計が、中小企業やクリニックの経営者にとって選びやすいポイントとなっています。

医師・歯科医師国保とは?

医師・歯科医師国保(国民健康保険)は、その名のとおり医師や歯科医師を対象にした特定の医療保険制度です。各都道府県すべてに存在し、クリニックの場合は法人ではなく個人事業主として運営されている場合に加入するケースが多いようです。加入条件や給付内容、保険料の計算方法は地域によって異なるため、詳細は各地域の医師会や歯科医師会を通じて確認する必要があります。

医師・歯科医師国保の特徴として、保険料が加入者の年齢や所得、扶養家族の人数に応じて計算される点が挙げられます。高所得であれば保険料が協会けんぽよりも高額になる傾向にありますが、一方で扶養家族に対する条件が緩やかなので、家族が多い場合は加入者に有利なケースもあります。また、地域独自の給付やサービスが提供される場合もあり、地域性が大きく影響する制度ともいえます。

加入に際しては、具体的な制度内容とクリニックの運営方針、従業員構成などを踏まえて、慎重に検討することが重要です。

協会けんぽと医師・歯科医師国保の比較

ここでは、北海道医師国民健康保険組合の制度を例に挙げ、給付内容や保険料、条件等について協会けんぽとの違いを詳しく解説します。

① 出産手当金

協会けんぽには、出産予定日の42日前から出産後の56日間、給与の3分の2相当額が支給される「出産手当金」の制度があります。これによって出産を控える従業員の収入が補填され、経済的な不安が軽減されます。しかし、北海道医師国民健康保険組合には出産手当金の制度がありません。このため、従業員の出産に伴う収入減少への保障が必要な場合は、協会けんぽのほうが適していると考えられます。

② 傷病手当金

協会けんぽには、病気や怪我で働けなくなった場合に最長1年6カ月の間、給与の3分の2相当額が支給される「傷病手当金」の制度があります。この制度は、長期間の療養が必要な従業員の生活を支える重要な仕組みです。一方で、北海道医師国民健康保険組合の傷病手当金制度は入院時のみとなっており、1日あたり5,000円が支給されます。このため、従業員に長期療養が必要なケースでは、入院に限らず支給される協会けんぽのほうが経済的支援に優れているといえます。

③ 産前産後休業期間及び育児休業期間

協会けんぽには、産前産後休業中や育児休業中の保険料が免除される制度があり、対象の従業員にとって大きな負担軽減となります。一方で、北海道医師国民健康保険組合には保険料免除の制度がないため、従業員は休業期間中も保険料を支払い続けなければなりません。従業員のライフステージにも配慮するという観点では、協会けんぽのほうにメリットがあります。

④ 扶養概念

協会けんぽには、扶養家族として認定されるための厳格な収入基準があり、年収が130万円未満(60歳以上または障害者の場合は180万円未満)である必要があります。一方で、北海道医師国民健康保険組合では扶養家族の条件が協会けんぽよりも緩やかで、年収が130万円以上でも扶養認定を受けられる場合があります。扶養家族が多い場合や、特定の条件に該当する従業員がいる場合には、北海道医師国民健康保険組合のほうが適しているケースもあります。

⑤ 感染症に対する傷病手当金

協会けんぽでは、新型コロナウイルス感染症の流行時に特例措置として傷病手当金が支給されました。このような臨機応変な対応が設けられる点は、感染症に対する制度の柔軟性の高さとして評価できます。しかし、北海道医師国民健康保険組合ではこのような特例措置は基本的に設けられていません。

⑥ 保険料シミュレーション

協会けんぽでは、保険料が従業員の月収に応じて変動します。北海道の保険料率は2024年現在で10.21%となっており、従業員と雇用主がそれぞれ半額ずつ負担します。たとえば、月収30万円の場合は保険料が約31,000円程度となり、それを従業員と雇用主が折半するということです。

一方、北海道医師国民健康保険組合の保険料は定額制です。2024年現在では月額約12,000円から17,000円程度、さらに扶養家族1人あたり6,500円、加えて医師の場合は所得に応じて加算されます。協会けんぽのように保険料の雇用主負担がなく、従業員が全額負担となるため、従業員にとっては総じて協会けんぽよりも負担が大きくなる場合が多いようです。

参照元:北海道医師国民健康保険組合ホームページ(http://www.hokkaido.med.or.jp/kokuho/html/frm_03_3.html

まとめ

クリニック経営においては、扶養条件が緩やかでコスト管理がしやすい医師国保が魅力的に映るかもしれません。しかし、出産手当金や傷病手当金の制度を考慮すると、特に従業員の福利厚生面では協会けんぽに劣る部分があります。従業員の採用や定着を重視する場合は、協会けんぽの手厚い給付や保険料免除制度などが満足度を高める要因となります。優秀な人材を惹きつけ、長期的に働いてもらうためには、やはり福利厚生の充実は欠かせません。

離職率が高くなれば採用や教育のコストが増加し、結果として経費がかさんでしまいます。短期的な負担を減らすより、優秀な人材を確保して定着させることが最終的には経営の安定につながります。クリニックの経営方針や人材戦略を考慮し、適切な保険制度を選択したいものです。