公開日: |更新日:
医療用ガス設備はクリニックの運営に欠かせないインフラであり、患者さんの生命に直接影響する重要なライフラインでもあります。クリニックの経営者、そして設備管理の責任者である開業医は、医療用ガス設備に関する知識や制度を理解し、安全な医療環境の構築に努めなければなりません。
ここでは、医療用ガス設備に関する基礎知識や関係法令、管理の重要性などをお伝えします。
冒頭お伝えしたように、医療用ガス設備は患者さんの生命維持に関わる重要な役割を果たす、いわばクリニックのライフラインです。主に酸素や圧縮空気、亜酸化窒素(笑気ガス)、二酸化炭素などのガスを供給するため、適切な管理が求められます。
医療用ガス設備の技術的な管理や保守については、臨床工学技士や専門の技術者が担当するのが理想的です。しかし、施設の規模や人材確保などの事情から、個人クリニックでは院長が医療用ガス設備の管理を担当するケースが多くあります。適切な医療用ガスの供給体制と安全性を確保するために、院長も医療用ガス設備の基本的な知識を習得し、必要に応じて専門業者のサポートを受けることが必要です。
医療ガス安全管理委員会は、患者さんの生命維持に必要な医療用ガスの安全管理の確保を目的として開催されるもので、病院や入院施設を有するクリニックは委員会の設置が義務付けられています。委員会メンバーは医師、薬剤師、看護師、臨床工学技士、医療用ガス設備管理に従事するスタッフなどで構成されるのが一般的ですが、麻酔科医が常時勤務している医療機関の場合は、原則としてその麻酔科医も委員に含めなければなりません。委員長は医療用ガスや安全管理に関する知識と技術を有する者から選任されます。
委員会の主な役割として、医療用ガス設備の点検や工事の監督、点検記録の管理、スタッフへの医療用ガス安全管理研修の実施などが挙げられます。開催は年1回以上とされ、必要に応じて専門業者の立ち合いも求められます。
入院施設を有しないクリニックは委員会を設置する義務はありませんが、院長など医療用ガスに関する知識と技術を有する者が、適切な医療用ガスの安全管理を実施することとされています。
医療用ガスの取り扱いにはいくつかの関連法規が存在しますが、そのひとつが「高圧ガス保安法」です。この法律は高圧ガスの製造や貯蔵、販売に関する安全基準を定めており、医療用ガスも対象に含まれます。特に高圧ガスを扱う際の設備基準や安全対策が重視され、適切な取り扱いが求められています。
この法律は通称「薬機法」と呼ばれており、医療用ガスは医薬品として分類されるため、この法律が定める品質や安全性に関する規定が適用されます。医療用ガスの取り扱いや品質管理に関して厳格な基準が設けられており、この法令に従った管理が必要です。
医療用ガスは種類ごとに用途や取り扱い方法が異なります。以下に代表的な医療用ガスの用途と取り扱い上の注意点などを解説します。
医療用酸素は、患者さんの呼吸をサポートするために必須となる医療用ガスです。呼吸困難や酸素欠乏による症状の改善や、手術後の呼吸不全の予防などに用いられます。酸素は支燃性(燃焼を促進する性質)を持つため、取り扱いに際しては火気厳禁の環境が求められます。
笑気ガスとしても知られる亜酸化窒素には鎮静効果があり、軽度の手術から全身麻酔まで医療現場で幅広く用いられます。適切な管理がなされないと酸素欠乏を引き起こすリスクがあるため、使用量や保管には注意が必要です。
圧縮空気は外科手術機器や人工呼吸器、ハイフローセラピーなどの動力源として用いられます。安定した圧力を維持しなければならないため、配管等の日常的な点検管理が必要です。
内視鏡検査や腹腔鏡手術などにおいて、担当医の視野を確保するために送気されるのが医療用二酸化炭素です。血液に溶けやすく、呼吸によって排出されるため、血管塞栓のリスクが低いことが利点とされます。
窒素は外科手術機器の動力源のほか、麻酔や凍結治療(イボの除去など)に用いられます。医療用酸素と混合し、清潔な合成空気として使用されることもあります。
患者さんの気道を確保するための喀痰除去など、吸引装置のガスとして使用されます。定期的な点検と清掃が必要です。
医療用ガスの供給には、以下の4つの設備構成が必要です。これらの設備を一体的に管理することで、安全かつ安定した医療用ガスの供給がなされます。
医療用ガスを集中管理する設備で、ガスの供給元となります。酸素や笑気ガスのボンベやタンク、圧縮空気システムなどが含まれます。
施設内の各部門に医療用ガスを供給するための配管です。漏れや詰まりがないように、定期的なメンテナンスが必要です。
配管から医療用ガスを取り出すための端末装置です。各部門のアウトレットを通じて簡単に使用できます。
医療用ガスの供給状況や残量をリアルタイムで監視し、異常が発生した際には警報等で知らせてくれるシステムです。
医療用ガス設備は、クリニックの診療環境の安全性と信頼性を支える重要なインフラです。特に酸素や亜酸化窒素、圧縮空気などは患者さんの生命にかかわる処置に必要なため、安定した供給と管理が欠かせません。
ここで、クリニック開業における医療用ガス設備の導入時に押さえておくべきポイントをお伝えします。
前述のとおり、医療用ガスは医薬品として薬機法の適用を受け、さらに高圧ガス保安法によって設備の管理基準が規定されています。クリニック開業時には、医療用ガス設備がこれらの法規に適合しているかを確認する必要があります。
また、適切な設置のためには、専門の技術者による施工とチェックが求められます。特に医療用酸素は供給システムのトラブルが患者さんの生命に直結するため、法令に基づいた設置と安全対策が不可欠です。
医療用ガス設備は定期的な保守点検が必須であり、信頼性の高い専門業者を選定することが重要です。適切な業者による定期的な点検で、設備の耐久性も確保され、突発的なトラブルのリスクも軽減します。
法定点検に関しては、その頻度や方法についても確認した上で契約を締結しましょう。
万が一の設備トラブルに備え、緊急時の対応フローを事前に整えてスタッフ全員に周知しておくべきです。フローにはトラブル発生時の業者への連絡方法や、代替手段も記載しておきましょう。
また、いざという時に適切な行動をとれるようにシミュレーション訓練を実施するのも有効です。
医療用ガス設備の運用には専門的な知識が必要ですが、クリニックの規模であれば臨床工学技士の常駐は必須ではありません。院長が基本的な知識を有していれば、あとは専門業者に点検や管理を委託することで対応は可能と考えられます。
ただし、設備が複雑な場合や、医療用ガスを使用する頻度が高いクリニックであれば、安全性を高める手段として臨床工学技士の配置を検討すべきです。
繰り返しになりますが、医療用ガス設備はクリニックのライフラインとして、患者さんの生命を支えるために欠かせないものです。開業医は適切な設備構成と安全管理を心がけ、専門業者と連携して安定した医療用ガスの供給に努めなければなりません。
クリニックの開業に際しては、医療用ガス設備に関する基本知識を習得した上で法令を遵守し、安全で信頼性の高い診療環境の構築を目指してください。