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クリニック開業時には、オンライン資格確認を含むマイナ保険証への対応が必須課題となります。制度の運用スケジュールを正確に把握し、導入の流れを理解しておきましょう。
マイナンバーカードの保険証利用は、医療DX推進の中核を担う制度です。まずは制度の変更点に関して、クリニック開業時に押さえておくべき基礎知識をお伝えします。
2024年12月2日をもって、新規の健康保険証の発行は終了しています。その日以降、医療機関や薬局では、マイナンバーカードを健康保険証として利用する仕組み(マイナ保険証)への対応が必須となりました。発行済の健康保険証が使用できる経過措置期間は、目前に迫った2025年12月1日をもって終了します。有効期限がそれ以降であっても使用できなくなるため、注意が必要です。
一方で、マイナンバーカードを持たない人や、カードを紛失もしくは破損して利用できない人のために、「資格確認書」という代替書類が用意されています。資格確認書は加入している保険者(協会けんぽ、健康保険組合、市町村国保など)が発行主体で、被保険者資格を証明するものです。有効期限は原則として最長5年間で、交付には申請が必要です。
資格確認書を提示すれば、従来の健康保険証と同様に保険診療を受けられます。つまり、マイナ保険証を利用できない患者に対しても、医療アクセスは確保されているということです。ただし、この仕組みは経過措置的な取り扱いであり、国の基本方針はあくまでもマイナ保険証への全面移行です。
オンライン資格確認は、すでに2023年4月から原則としてすべての医療機関・保険薬局(調剤薬局)で導入が義務化されています。新規にクリニックを開業する場合は、一部の例外を除いてオンライン資格確認システムを備えていなければ、診療報酬の請求に支障を来たす可能性があります。
例外として認められているのは、離島や山間部などインターネット回線の安定的な確保が困難な地域や、システムの整備に著しい支障がある場合です。単にコストの高さや導入準備に手間がかかることを理由に免除されるわけではありません。
したがって、都市部やインターネット環境が整っている地域で開業するのであれば、オンライン資格確認は必須対応となります。開業直後からスムーズに診療を行ない、関連する診療報酬の加算を取りこぼさないためにも、システム導入を開業準備の中心的なタスクのひとつに位置づけるべきです。
オンライン資格確認を開業時から運用するには、以下のような複数の専用機器とシステムを組み合わせて導入する必要があります。
マイナンバーカードを読み取り、本人確認を行なう機器です。NECや富士通、パナソニックなどの大手メーカーが提供しており、価格帯は3万円から7万円程度です。非接触ICカードリーダーと顔認証カメラが組み合わされ、厚生労働省が定めるセキュリティ基準に準拠しています。
資格確認専用のアプリケーションを稼働させるための端末で、推奨スペックを満たすPCを準備する必要があります。国内のベンダーから選定可能で、価格帯は10万円から20万円程度が目安です。専用端末を確保しておけば、電子カルテやレセコンとの干渉を避けられます。
資格確認で取得した情報を診療や請求に反映させるには、レセコンや電子カルテとの連携が不可欠です。連携ソフトウェアを追加する場合は、5万円から15万円程度の費用を要します。
オンライン資格確認は専用回線(医療機関向けVPN:J-LISが提供するH-LINK)を通じて行なわれます。NTT東日本・西日本やKDDIなどの回線事業者を通じて導入するのが一般的で、VPNルータやファイアウォールを含めた初期導入費用は10万円から30万円程度が目安です。
回線が停止した場合に備えて、LTE回線や二重化ルータの用意が推奨されています。月額数千円から1万円前後の費用を要しますが、万一の際のリスク回避につながります。
開業日にオンライン資格確認を確実に運用させるためには、制度上の手続きと機器導入のタイミングを逆算し、計画的に準備を進めていく必要があります。特に保険医療機関指定申請やポータルサイトへの登録は、数カ月前から動き始めなければ間に合いません。
ここでは、開業までに押さえておくべきステップを時系列で整理し、失敗しやすいポイントも併せて解説します。
オンライン資格確認を利用するには、まずクリニックが保険医療機関として指定を受ける必要があります。新規開設であれば、地方厚生局への「保険医療機関指定申請」と併せて、ポータルサイトでの登録が必須です。
この際に必要なのが、「受付番号情報提供依頼書兼回答書」の提出です。提出先はポータルサイト(J-LIS)であり、発行された受付番号をもとにベンダーが回線申請やシステム設定を進めます。提出期限は、北海道では「前々月5日まで」と明記されており、仮に4月開業予定の場合は2月5日までに提出しなければなりません。
さらに注意しなければならないのは、発行される「仮コード」から「本コード」への切り替えです。この手続きを忘れると、開業当日にオンライン資格確認が運用できない事態が発生します。併せてポータルサイト上での運用開始日登録も必要で、これを済ませておかなければシステムが稼働しないまま開業日を迎えてしまうリスクがあります。
北海道でクリニックを開業する場合、保険医療機関指定申請は前月20日まで、受付番号情報提供依頼書兼回答書は前々月5日までという2つの期限を忘れずに、概ね3カ月ほど前から余裕をもって準備を進めることをおすすめします。
スムーズなオンライン資格確認の運用には、レセコンや電子カルテと連携できるベンダーの選定が極めて重要です。早い段階で見積りを依頼し、開業スケジュールに合わせた納期調整を行なう必要があります。
ベンダー選定の際には、以下の確認項目がポイントです。
特に見落とされやすいのがバックアップ回線の有無です。オンライン資格確認は専用VPNを介して行ないますが、万一回線が途絶すると診療受付に支障が出ます。LTEルータなどの冗長回線を確保しておけば、回線障害時にも自動で切り替えが行なわれ、業務を継続できます。初期費用は数万円、月額数千円から1万円程度と比較的低コストで導入可能です。
複数のベンダーから相見積もりを取り、導入コストや運用サポート、納期のバランスを比較検討しましょう。
顔認証付きカードリーダーの調達にあたっては、補助金を利用する場合に注意が必要です。補助金を活用すると自己負担を抑えられますが、申請や交付手続きに時間がかかるため、設置が開業直前にずれ込むリスクがあります。余裕を持ったスケジュールで手続きを進めることが重要です。
受付カウンターに1台設置するのが一般的ですが、患者数や待合室の動線によっては複数台を設置したほうが混雑を防げます。たとえば、初診受付用と再来受付用に分ける、検査部門と受付にそれぞれ配置する、といった運用方法があります。
また、設置場所の高さや照明の影響で認証精度が変わる場合があるため、事前に実際の運用シーンを想定したテストを行ないましょう。特に高齢者や顔認証に慣れていない患者が多く見込まれる場合は、操作説明や職員によるサポートを想定した準備が必要です。
オンライン資格確認の安全な運用には、院内ネットワークのセキュリティ対策と回線の冗長化設計が欠かせません。マイナンバー関連情報を扱うため、一般的なインターネット接続以上に厳格な管理が求められます。
セキュリティ対策としては、少なくとも以下のような項目の導入が望まれます。
加えて、VPNルータを用いた専用回線を構築し、診療情報と一般業務用のネットワークを分離しておくことが推奨されます。
また、冗長化設計も重要です。何らかの障害で専用回線が停止した場合に備えて、LTE回線や光回線の二重化を行い、自動切り替え機能を備えたルータを導入することで、診療受付を止めずに業務を継続できます。自動切り替えによって通信障害発生時でもスタッフが手動で設定を変更する必要がなく、患者対応に集中できます。
こうしたセキュリティと冗長化の仕組みを事前に整えておくことで、トラブル時のリスクを最小化し、安定したオンライン資格確認の運用が可能となります。
機器の設置やネットワーク設定が完了したら、開業前に必ず一連の流れをテストしておきましょう。受付でのマイナンバーカード読み取りから資格確認、電子カルテやレセコンへの情報反映まで、実際の診療フローを想定して確認します。ここが開業までに問題を修正できる最後のチャンスです。
システムが正常に稼働することを確認できたら、ポータルサイトで運用開始日を登録します。この登録を済ませなければ、システムは本番環境として稼働しません。ポータルサイトへの登録作業を忘れると、開業日にオンライン資格確認が運用できない事態を招いてしまいます。
運用テストは1回で済ませるのではなく、開業直前にも再度確認すべきです。特にスタッフ全員が操作手順を理解しているか、エラー発生時の対応フローが共有されているかを確認しておくことが大切です。こうした準備を徹底することで、開業初日から安定した診療体制を築けます。
オンライン資格確認の運用には、ポータルサイトでの各種手続きが必須です。アカウント作成から利用開始申請、アプリのセットアップ、稼働確認、補助金申請まで、複数のステップを順序通りに進める必要があります。ここでは、それぞれの実務的な流れと注意点を整理します。
オンライン資格確認の運用にあたっては、まずポータルサイトでアカウントを作成し、利用開始申請を行ないます。申請には医療機関コードや管理者情報などが必要で、入力内容に不備があると承認が遅れる場合があります。申請から承認まではおおむね2週間程度かかるため、開業準備の早い段階で対応しておくことが重要です。
アカウント承認後は、資格確認用アプリケーションを端末にインストールし、初期設定を行ないます。この際、ポータルサイトで発行される電子証明書を端末に登録する必要があります。設定手順は煩雑なため、操作に慣れていない場合はシステムベンダーや専門業者に依頼するのが安全です。
システムを導入した直後は、毎日の診療開始前に起動確認を行ない、正常に動作しているかをチェックしましょう。電子証明書には有効期限があり、期限切れによって突然認証できなくなるケースがあります。こうしたトラブルへの対応方法は、マニュアル化してスタッフ全員が理解しておくべきです。
導入が完了したら、補助金申請も忘れずに行ないます。申請には導入完了報告書、領収書、導入機器の写真、運用開始を証明する画面キャプチャなどが必要です。補助金は申請期限が短いケースが多いため、必要書類をあらかじめ揃えておいて期限内に確実に提出しましょう。
オンライン資格確認を導入することで、診療報酬上の加算を算定できる仕組みが整っています。開業直後は業務フローが落ち着かず、算定漏れが起きやすい時期でもあるため、要件を正しく理解して確実に届出を行なうことが重要です。
ここでは、医療情報取得加算や医療DX推進体制整備加算の概要と、今後予定されている実績要件の引き上げについて整理します。
医療情報取得加算は、オンライン資格確認を導入している医療機関が取得した薬剤情報や特定健診情報、その他必要な診療情報を診療に活用した場合に算定できる加算です。施設基準としては、診療報酬の電子請求を行なっていること、オンライン資格確認による診療情報の取得や活用について院内掲示やウェブサイトで表示していることなどが求められます。
医療DX推進体制整備加算は、オンライン資格確認の導入だけでなく、電子処方箋や電子カルテ情報共有サービスの活用などを評価する加算です。施設基準としては、オンライン請求体制の整備やオンライン資格確認の体制、取得した診療情報を診療に活用する仕組み、電子処方箋発行体制や電子カルテ情報共有サービスへの参加などが含まれ、これらには経過措置が設定されている項目もあります。
点数や区分もマイナ保険証利用実績や電子処方箋導入の有無をもとに複数設定されており、加算率や要件を満たす体制整備が求められます。
医療DX推進体制整備加算におけるマイナ保険証利用率の実績要件は、いよいよ2025年10月からさらに引き上げられます。具体的には、これまで15%、30%、45%などで定められた加算区分の基準値が、2025年10月からはより高めに設定されることになります。
この対応策としては、開業当初からマイナ保険証利用を促進する患者案内体制を整備する、電子処方箋を早期に導入・運用する、電子カルテ情報共有サービスとの連携に向けた準備を進める、といった取り組みが考えられます。
オンライン資格確認のスムーズな運用には、院内のシステム整備だけでなく、患者へのわかりやすい案内とトラブル時の対応フローを用意しておくことも大切です。マイナ保険証制度の導入から時間は経過したものの、依然として利用に不慣れな患者も少なくありません。開業時から同意取得の流れや代替手段を明示し、個人情報の取り扱いについても丁寧に説明することで、安心感を与えつつ混乱を最小限に抑えられます。
オンライン資格確認で取得できる薬剤情報や特定健診情報を診療に活用するには、患者本人の同意が必要です。システム上で同意の可否について選択できるようになっていますが、その流れを患者にわかりやすく案内できるよう、院内掲示やリーフレットを準備しておくのがいいでしょう。
特に高齢者など操作に不慣れな患者には、操作のサポートも必要です。カードの挿入方向や画面のタッチ操作をわかりやすく説明したり、操作方法を図解した掲示物を掲示したりすることが、スムーズな受付業務につながります。
マイナンバーカードの読み取りに失敗した場合や、患者がカードを持参していない場合に備えて、代替フローをあらかじめ決めておきましょう。基本的には資格確認書や従来の健康保険証を提示してもらい、従来通りの方法で保険資格を確認します。
ただし、この場合には医療情報取得加算の算定要件を満たせないため、点数が異なることに注意が必要です。
マイナ保険証の利用によって取得できる情報には、薬剤情報や特定健診情報といった個人に関わる繊細な内容が含まれます。クリニックはこれらを適切に管理し、診療にのみ利用することを患者に説明する責任があります。
患者への説明では「取得した情報は診療に役立てる目的のみで使用する」「外部に無断で提供することはない」といった点を明確に伝えることが重要です。こうした説明を院内掲示や同意書のひな型として準備しておけば、患者に安心感を与えると同時に、クリニックとしての信頼性を高められます。
前述のとおり、オンライン資格確認の導入には複数の機器・設備への投資が必要ですが、国や自治体の補助制度を活用すれば大部分をカバーできます。ただし、申請期限が短い場合や不備による差し戻しが発生しやすいため、あらかじめ必要書類を揃えて二重チェック体制で確実に進めることが重要です。
オンライン資格確認の導入費用は、先にお伝えしたとおり顔認証付きカードリーダーや資格確認端末用PC、ネットワーク機器、レセコン連携ソフト、それに設置・設定作業費などから構成されます。全体でおおむね60万円から100万円程度を見込む必要があり、機器の構成やベンダーによって金額は変動します。
詳細な見積りは複数社から取り、導入コストだけでなくサポート体制や保守内容も含めて比較検討すると安心です。
国や自治体の補助制度は、申請期限や条件が年度ごとに変更される場合が多く、常に最新の情報を確認する必要があります。特に新規開業時は短期間で申請書類を揃えなければならないため、余裕を持って準備を進めることが大切です。
よくある不備としては、領収書の宛名が医療機関名と一致していない、設置完了を示す写真が不鮮明である、申請書の記載漏れがある、といった事例が挙げられます。こうした不備は差し戻しの原因となり、補助金の交付が遅れてしまいます。事前に必要書類のリストを作成し、ダブルチェック体制で提出内容を確認することが確実な申請のポイントです。
開業準備の多忙な時期には、オンライン資格確認に関する各種手続きが後回しになりがちです。その結果、関連する加算の届出を忘れたり、必要な書類に不備があったりして、診療報酬の算定漏れにつながるケースが少なくありません。ポータルへの運用開始日登録が遅れたら、システム自体が稼働せず、開業日から資格確認ができないという事態にもなり得ます。
こうしたリスクを防ぐには、開業準備のチェックリストに「届出期限」や「必要書類」を明確に記載し、進捗管理を徹底することが重要です。担当者を決めて管理するだけでなく、複数人でクロスチェックを行なって抜け漏れを防ぎましょう。
繰り返しになりますが、オンライン資格確認を確実に稼働させるためには、開業前日までの準備と開業当日の確認の徹底が不可欠です。システムや書類の整備だけでなく、スタッフ全員が操作方法を理解しているかどうかも重要なポイントです。
ここでは、開業前日と当日それぞれに確認すべき内容をチェックリストとして整理します。
マイナ保険証とオンライン資格確認は、医療DXを支える基盤としてすでに定着しており、すべての保険医療機関が避けて通れない仕組みです。導入手続きや機器の準備には一定のコストや労力が必要ですが、関連加算を確実に算定することが収益にもつながり、患者に対しても安心感を提供できます。
一方で、届出の遅れや稼働不備があると、開業初日から診療に支障をきたすリスクがあります。チェックリストによって抜け漏れなく準備し、スタッフ全員が操作に慣れておくことでスムーズな運用が可能となります。
クリニック開業を控える医師にとって、早めのオンライン資格確認への対応は、安定した経営につながる重要な取り組みといえるでしょう。