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医療法人制度に関する専門的な知識を持っているドクターは少なく、自身のクリニックを医療法人化すべきかどうか悩んでいる方も多いのではないでしょうか。実際のところ、医療法人化しているクリニックもあれば個人経営のまま診療を続けているクリニックもあり、医療法人化にはメリットもデメリットもあることが伺えます。
ここでは、クリニックの法人経営・個人経営それぞれのメリット・デメリットを考察していきます。
はじめに医療法人の定義や目的についてお伝えします。
医療法人は、病院や診療所、介護老人保健施設、介護医療院の開設を目的として設立されます。医療や介護に関する業務を主体としていることが医療法人の絶対条件ですが、その業務に支障が出ないのであれば、寄付行為や定款に規定された条件に則って付帯業務も実施できます。医学・歯学に関する研究所の設置や、看護学校など医療従事者の教育・養成機関などがその一例です。また、医療法第42条に定められた範囲を逸脱しないのであれば、メディカルフィットネスなどさまざまな事業も展開できます。
いずれにしても、医療法人には国民の健康維持に貢献するために医療提供体制の確保を図るという公然の目的があります。それだけ医療の質も高めやすくなるといえるでしょう。
医療法人には、大きく「社団医療法人」と「財団医療法人」という2つの形態があります。
社団医療法人は医師や歯科医師などによって設立され、医療・介護の提供や医学・歯学の研究が活動の主な目的となります。設立には不動産や医療機器・金銭などの出資・拠出に加えて少なくとも2カ月分以上の運転資金が必要であり、さらに社団医療法人の理事は日常的な業務の管理者としてマネジメントを行なわなければなりません。また、理事の選任など重要な事項を決定する際には、法人の最高意思決定機関である社会総会での審議が必要です。
一方、財団医療法人は個人や法人からの寄付や拠出による財産(基本財産)に基づいて設立されます。多くのケースでは大企業の寄付によって設立されており、企業名がついている病院などには財団医療法人が多いようです。ただ、病院の開設には莫大な金額を要するため、現実的に財団医療法人の設立は非常に困難です。事実、社団医療法人の数に比べて財団医療法人の数ははるかに少ない状況です。
「分院の展開」「事業の多角化」など、個人経営から法人経営に切り替える分岐点にはさまざまなポイントがありますが、やはり大きいのは「節税」という視点かもしれません。開業医の所得や診療報酬が一定の水準を超えると、税率が上がったり概算経費が使えなくなったりという財務面での不利が現れるからです。
ただし、事業所得が低い場合や、後継者が不在で事業展開の見込みがない場合は医療法人化するメリットはあまりなさそうです。節税効果を綿密にシミュレーションし、収益上のメリットを十分に把握した上で医療法人化を検討すべきです。
それでは、医療法人化によるメリット・デメリットをみていきましょう。
医療法人化は個人経営からの脱却という側面もあり、社会的信用が向上することで金融機関からの資金調達が有利になる可能性があります。医療法人として事業報告書や監査報告書の作成義務が課されますが、それだけ財務管理もしやすくなるでしょう。
また、社会的信用の向上は人材確保の面にも好影響をもたらします。優秀な人材を多く確保できれば、分院の展開や事業の多角化を進める際に配置転換が容易になるほか、スタッフに急な病欠や退職者が出た場合にも柔軟に対応できます。
前述のとおり、医療法人化による節税効果は決して見逃せないメリットです。
個人経営の場合は売上から経費を差し引いた事業所特に対して最大45%の所得税が課せられますが、医療法人の場合は年間の事業所得が800万円を超えても税率は最大23.2%です。収入は医療法人の役員報酬として得られるため給与所得控除が受けられ、家族に役員報酬を分配することで全体の課税額を抑えられるのもメリットです。
このような税制面での優遇は節税効果が高く、医療法人化を検討する大きなきっかけになります。
医療法人は分院や介護施設など複数の施設を同一の法人で経営できるので、事業規模を拡大しやすいというメリットもあります。単純に複数の施設の運営は売上の増加が期待できますし、それぞれの施設で使用する医薬品や消耗品などを法人として購入すると価格交渉もしやすいと思われます。
また、法人内の施設で人事交流、人事異動を行なうなど、柔軟な人事体制を組みやすくなるのもメリットです。
医療法人の不動産や設備は理事長個人ではなく法人に帰属するため、理事長を交代する際に相続税や贈与税が課されることはありません。したがって、理事長の引退や死去によって事業承継が行なわれる場合も、基本的には行政に対する理事長交代の届出だけで手続きが完了します。個人経営クリニックにおける承継のように閉院の手続き、後継者による開院手続きという面倒なプロセスも不要です。
税制面の恩恵を受けつつ後継者に事業を承継したい場合は、医療法人のほうが圧倒的に有利だといえるでしょう。
医療法人化すると、毎年の決算終了後から3カ月以内に都道府県知事に対して事業報告書を提出する必要があります。また、役員の重任や資産総額の登記、監事による年1回の監査、社員総会・理事会の開催なども求められます。前述のとおり、財務管理がしやすくなるのは医療法人のメリットですが、そのための手間は決して小さくないでしょう。
当然、理事長である開業医はその貴重な時間と労力を法人の運営管理に割かなければなりません。
医療法人では健康保険や介護保険、厚生年金などへの加入が必須となり、社会保険料をはじめとした経費が増大する可能性があります。社会保険料の掛け金は給与の約30%ですが、労使折半のため約15%を医療法人が負担しなければなりません。したがって、スタッフが多いほど経費も増え、事務手続きの負担も大きくなります。
もし経営が不安定であれば、このような経費の問題で医療法人化が難しい場合もあります。全体の収支バランスを考慮し、この先も現実的な経営が可能かどうかを把握した上で医療法人化を検討すべきです。
クリニック開業の際の借入金は、医療法人が開業医個人から引き継ぐことはできません。したがって、借入金は医師の役員報酬から返済する必要があります。医師の自己資金に余裕がない場合は、財務面で経営が困難になる可能性も出てきます。
ただし、医療機器などの設備投資費用は医療法人で引き継げます。融資を受ける際には、設備投資に充てるべき資金を運転資金という名目で借り入れないように注意しなければなりません。
ここで医療法人化の流れについて紹介します。自治体によって手続きの内容や必要書類は異なりますが、ここでは北海道のルールに基づいて説明します。詳細は北海道庁の担当窓口にお問い合わせください。
まずは準備段階として医療法人の設立に必要な定款や申請書等を作成し、設立総会を開催します。
医療法人の定款には、少なくとも以下の内容を含める必要があります。
北海道庁のホームページに「社団医療法人の定款例」が公表されているため、参考にするといいでしょう。
定款を作成したら、3人以上の設立者によって設立総会を開催し、その議事録を残す必要があります。議事録には以下の内容を残しておかなければなりません。
この議事録は「設立総会議事録」として以下の設立認可申請書に添付します。
設立認可申請は「事前審査」と「本申請」に分かれますが、この段階では事前審査のための書類を作成します。申請書の様式は北海道庁のホームページで公表されている「医療法人の手引(設立編)」を参照してください。
前項で作成した諸々に必要書類を添付した事前審査書類を北海道庁に提出します。そこで問題点が指摘されれば改善や書類の差し替え等を行ない、審査に通れば本申請に進みます。
本申請の設立認可申請は、所管の保健所を通じて北海道庁に提出します。本審査では実地審査や代表者の面談審査などが行なわれることもあり、場合によっては再度差し替え等を指示されるケースもあります。
この審査を通過すると「北海道医療審議会」による審議も実施され、そこも通過すると設立認可指令書が交付されます。これで晴れて医療法人設立の許可が得られるわけです。
設立許可指令書を受領したら、2週間以内に所管の地方法務局で医療法人設立登記を行ないます。登記の内容は以下のとおりです。
登記が済み、保健所を通じて北海道に登記届を提出したら、医療法人の設立手続きがひと通り完了したことになります。
医療法人化には大きく「人的要件」「資産要件」の2つがあり、内容的には医療法人の設立にあたって特段に難しいものではありません。ただし、医療法人には事業の永続性が求められるため、現時点での経営が安定していることが大前提になります。
したがって、「人的要件」「資産要件」を満たしているとしても、開業直後で経営の実績がない時期の医療法人設立は審査が通らないと考えられます。
医療法人化の人的要件は「社員3名以上」「役員として理事3名以上(理事長は医師または歯科医師)、監事1名以上」とされています。
ここでいう「社員」とは一般的な企業の社員(従業員)ではなく、株式会社における株主のような存在です。医療法人において経営の意思決定を行なう際の議決権を持ち、実質的なオーナーの立場だといえます。
医療法人化の資産要件は「2カ月分の運転資金」「個人開業時の設備を買い取る場合はその資金」とされています。
個人開業時に使用していた医療設備等は、新たに設立された医療法人が買い取ることになります。また、開業医が個人で契約していた不動産の賃貸借や医療機器のリースなどは、契約を法人名義に変更します。医療法人化にあたっては、これらに要する資金も確保しておかなければなりません。
医療法人の設立申請にはタイミングがあり、北海道も他の都府県と同様、申請は年2回しかできません。一般的な株式会社とは違って医療法人の設立は手続きが煩雑で時間も労力もかかり、提出書類に不備があった場合の修正にも時間を要します。
最悪の場合、希望する時期に医療法人化ができなくなる可能性もあります。
医療法人化を検討する場合は、前述のデメリットに加えて以下の点にも注意すべきです。
医療法人も他の営利法人と同様に解散できますが、その場合は行政の許認可が必要です。そして、医療法によって定められた以下の事由以外での解散は認められません。
上記の中でも社員総会の決議による解散の場合は、議事の進行などの手続きに少しでも不備があると解散は無効になります。つまり、医療法人化した場合は容易に解散できず、再び個人経営に戻ることは極めて困難だということです。
医療法人は剰余金の配当を禁止されており、損益計算上の利益は社員に分配できません。すべて積立金として留保するか、施設の整備・修繕、従業員に対する待遇の改善などに充当する必要があります。
医療法人はその本質上、営利法人とはまったく異なるということを理解しておきましょう。
医療法人化の手続きは、大量の書類の作成や不慣れな事務作業を伴うことから、開業医にとって相当なストレスになるでしょう。場合によっては、開業準備と同等もしくはそれ以上の作業量になります。日々の診療をこなしながら医療法人化の手続きや法人化後の事業計画を立案していくのは、とてもではありませんが難しいと思われます。
したがって、医療法人化の手続きは専門家のサポートを受けながら進めていくべきです。特にクリニック開業コンサルタントは、開業時の支援だけではなく医療法人化の手続きにも精通しています。
専門的な知識とスキルを持つクリニック開業コンサルタントに依頼すれば、まず医療法人化に関する情報を自分でゼロから集める必要がなくなります。また、本来であれば医療法人の設立者である開業医本人が自ら出向かなければならない書類収集や、関係者の押印依頼なども代行してくれます。
何より、専門家に任せたほうが失敗は少ないというのは大きなポイントです。専門知識を持たない開業医が書籍やネットで集めた情報だけで手続きを進めるのはリスクが高く、もし希望のタイミングで医療法人化できなかったら相当な損失になります。
開業医の作業ストレスを減らし日々の診療に集中するためにも、医療法人化の手続きは開業コンサルのサポートを受けることをおすすめします。