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クリニックの開業において、収支計画の中心になるのは外来診療です。外来収入を単純化すると、「患者数×患者単価」で決まります。しかし、患者数は診療圏の人口や競合医療機関、季節などの影響を受け、患者単価も診療報酬制度に左右されます。いずれにしても、自院の考えだけで自由に決められる数字ではありません。
特に人口減少が進む北海道で長期的な経営を考えるなら、保険診療だけでなく、公費・受託事業、自費診療などを含めた「収益ポートフォリオ」を開業前から考えておくことが重要です。
2026年5月に公表された2025年国勢調査の速報では、北海道の人口は498万5,419人でした。2020年の522万4,614人から23万9,195人、率にして4.6%減少しています。国勢調査で500万人を下回ったのは1955年調査以来70年ぶりで、人口の減少数は47都道府県で最大でした。
札幌市も例外ではありません。2025年の人口は196万4,034人で、2020年から9,361人減少しました。1920年の国勢調査開始以来、札幌市の人口が減少したのは初めてです。
これは「北海道では開業できない」という話ではありません。ただし、10年、20年と診療所を経営するのであれば、現在の診療圏人口がそのまま維持されることを前提にした事業計画は避けたほうがよいでしょう。
開業時の診療圏調査については、当サイトの「診療圏調査」の記事でも詳しく解説しています。
2026年度診療報酬改定では、診療報酬本体の改定率は2026・2027年度の2年度平均でプラス3.09%、2026年度単年度ではプラス2.41%とされました。ただし、この数字には賃上げや物価対応などが含まれています。医療機関の種類や算定項目によって影響は異なるため、「改定率がプラスだから、クリニックの収入も同じ率で増える」というものではありません。
診療報酬は、原則として2年ごとに制度や点数が見直されます。保険診療を経営の中心に置く以上、この外部要因から完全に離れることはできません。
もちろん、患者数を増やす工夫や診療内容の見直しも重要です。しかし、人口動態や診療報酬そのものを医療機関がコントロールすることはできません。
そこで開業前から検討しておきたいのが、「何人診るか」だけでなく「どのような収入の柱を持つか」という視点です。
ここでは、クリニックの収入を経営管理上、次の4つに分けて考えます。これは法令上の分類ではなく、収益構造を設計するための整理です。
| 収益の柱 | 主な内容 | 単価の決まり方 | 主な手続き・留意点 |
|---|---|---|---|
| ①保険診療 | 外来、在宅医療など | 診療報酬点数 | 保険医療機関の指定、施設基準等 |
| ②公費・受託・制度指定 | 自治体健診、定期予防接種、労災、生活保護など | 制度・契約等で決定 | 自治体との契約、指定申請等 |
| ③自費診療 | 任意予防接種、自費検査、AGA、美容、健康相談など | 自院で設定 | 原価計算、広告規制、税務等 |
| ④その他収入 | 診断書等の文書料、産業医・学校医、物販など | 契約または自院で設定 | 契約内容、税務、在庫管理等 |
たとえば、労災保険指定医療機関となるためには、所在地を管轄する都道府県労働局長への申請と指定が必要です。生活保護法指定医療機関についても指定手続きがあります。
診療科によって、この4本の太さは大きく変わります。大切なのは、すべてを行なうことではなく、自院の診療科、地域、設備、人員に合った組み合わせを考えることです。
「保険外収入」と聞くと、美容医療やAGAなどの自由診療を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、経営という視点で見ると、自治体から受託する健診や予防接種、産業医契約、診断書などの文書料も診療報酬とは別の収入源です。
ここでは便宜上、②~④を広い意味での「保険外収入」と捉えています。ただし、税務上・制度上の扱いはそれぞれ異なるため、一括りに処理してよいという意味ではありません。
収益源が保険外来だけであれば、患者数や診療報酬が変化した際、その影響が経営全体に及びます。一方、自治体との受託事業や法人契約、自費診療など複数の収入源があれば、ひとつの収入が落ち込んだときの影響を分散できます。
これは「自費診療の収益性が高い」という話ではありません。経営の読みにくさを小さくするための考え方です。
北海道では、積雪や荒天による来院行動への影響に加え、除雪費や暖房費など冬期特有のコストも考える必要があります。そのため、毎月の一般外来患者数だけを見るのではなく、予約型の健診や自費サービス、年間契約の産業医業務など、異なる動きをする収入を組み合わせる考え方もあります。
北海道での開業時の冬対策については、「冬対策」の記事も参考にしてください。
自由診療などでは、保険診療と異なり価格設定に一定の裁量があります。ただし、「高い価格を設定すれば利益が増える」というほど単純ではありません。必要な医療機器、人件費、診療時間、材料費、広告費などを含め、1件当たりの原価と必要件数を計算する必要があります。
価格ではなく、損益分岐点から逆算することが重要です。
札幌市内では患者となり得る人口が多い一方、医療機関や自費サービスの選択肢も多くあります。そのため、美容やAGAなど、広告による集患や価格比較が起こりやすい領域へ新規参入する場合は慎重な事業性評価が必要です。むしろ、保険診療の患者層と親和性の高い自費検査や健康相談、予防医療などから検討した方が、設備や人員を共有しやすいケースもあります。
開業エリアを検討するときは、診療圏調査と併せて保険外需要も確認しておきたいところです。
地方では、自由診療の市場規模だけで判断するのではなく、市町村がどのような健診や予防接種を医療機関へ委託しているかも確認したいところです。
北海道では、市町村と医療機関が協定を結び、妊産婦健診や乳児健診を実施している例もあります。対象事業や委託単価、参加要件は地域ごとに異なるため、開業予定地の自治体へ事前確認が必要です。
北海道ならではの選択肢として、外国人旅行者向け診療もあります。ニセコインターナショナルクリニックが展開するSapporo International Clinicは、札幌・大通エリアで英語・日本語による診療を行い、保険適用外の診療を提供しています。
ただし、これは単に英語対応を加えれば成立するモデルではありません。多言語対応、料金体系、クレジットカード決済、旅行保険関係書類、未収金対策など、通常の保険診療とは異なるオペレーションが必要です。
日本では、保険診療と保険外診療を組み合わせる「混合診療」は原則として認められておらず、例外として評価療養や選定療養などの仕組みがあります。「保険患者に自費メニューを追加すればよい」と単純に考えず、診療内容や会計の切り分けについて事前確認が必要です。
診療報酬は消費税の非課税取引ですが、自由診療や健診、物販などには課税取引となるものがあります。消費税の免税判定では、原則として基準期間等の課税売上高1,000万円がひとつの基準になります。
ただし、インボイス登録や特定期間による例外もあるため、「自費売上が1,000万円を超えたら、その年から直ちに課税」という理解ではありません。開業時から税理士と確認しておくことをおすすめします。
医療機関のウェブサイトやSNSも医療広告規制の対象になり得ます。自由診療について広告可能事項の限定解除を受ける場合には、治療内容や費用だけでなく、主なリスク・副作用なども分かりやすく表示する必要があります。
2026年3月には厚生労働省の「医療広告規制におけるウェブサイト等の事例解説書」第6版も公表されています。
自費診療を始めるために新しい医療機器を購入し、スタッフを増員してから「どのくらい使用すれば採算が合うのか」を考えるのでは順序が逆です。月間固定費や1件当たりの変動費、想定単価、想定件数から損益分岐点を出し、事業計画や資金繰りに落とし込んでから投資判断を行ないましょう。
「患者が少なかったら後から自費診療を追加すればよい」と考えることもできないことはありません。しかし、新しい診療を追加するための個室が必要になったり、検査機器の設置スペースが必要になったり、スタッフの採用や勤務時間の変更が必要になったりすれば、開業後の変更には少なからず追加コストが発生します。
だからこそ、収益構造は物件やレイアウトを決める前から考えておく必要があります。
一般的な診療圏調査では、人口、年齢構成、競合医療機関などから保険診療の患者数を推計することが中心です。しかし、保険外収入まで考えるのであれば、開業エリアの企業数や規模、観光客数、外国人宿泊者数、自治体の健診・予防接種事業など、別のデータも必要になります。
つまり開業時に確認すべきなのは、「この地域で何人の患者が来るか」だけではありません。「この地域で、どの収入の柱を何本持てるのか」まで設計して初めて、明確な収益構造が見えてきます。
人口減少や診療報酬改定など、クリニック経営には自院だけでは動かせない要素があります。だからといって、自由診療を増やせばよいわけでもありません。保険診療、公費・受託事業、自費診療、その他収入という4つの柱から、診療科や地域に合った組み合わせを考えることが重要です。そして、収益ミックスは開業後よりも、物件・設備・人員を決める前のほうがはるかに設計しやすくなります。
北海道での開業では、人口構造だけでなく、自治体事業や企業集積、観光需要、冬期の患者動向など、地域ごとの事情まで含めた事業計画が必要です。開業予定地でどの収益ポートフォリオが現実的なのか判断に迷う場合は、北海道の医療事情とクリニック経営の双方に詳しいコンサルタントへ、事業計画の段階で相談することをおすすめします。